氷の女王が俺の顔をのぞき込むようにして言った。
「それで、どうするの? 永久氷河の勾玉、いる? いらない?」
「いる」
危険があるにしろ、手放すには惜しいシロモノだ。
「おっけー。じゃあこれは、今日このときからお兄さんのもの。大事に使ってね」
「どうやって使うんだ?」
「手に持ってエイッと念じればいいよ」
いい加減すぎる!
「……もう一つ。この秘宝はパルティアに狙われている。俺が手に入れたと分からないよう、目くらましとか幻術とか、そういう効果の魔法があれば付与してほしいんだが」
「いいけど、ただ持っているだけならごまかせるけど、使っちゃったらバレると思うよ」
「それでいい。頼む」
氷の女王の手にある勾玉が淡く光った。
ふわりと銀色のヴェールをかぶったようになる。これが目くらましの魔法なんだろう。「はい、これでよし!」
「ありがとう。使うときはよく考えてからにするよ」
「うん、そうして。……それで、もう帰っちゃう?」
「ああ。ここは人間の俺には寒すぎるからな。熊にも」
「ガウ」
俺とクマ吾郎が言えば、彼女は少し寂しそうに笑った。
「そうだよね。じゃあ、帰り道は晴れにしておくから。……雪の民も開拓村の人間たちも、あたしの庇護下にある。自然の法則を変えるほどは守れないけど、なるべく気に掛けておくね」
「助かるよ」
俺はうなずいてきびすを返す。
「またね、お兄さん! いいえ、ユウ! 今日は久しぶりにピンチになって、楽しかったよ!」
さすがは神様、名乗っていなくても俺の名前を知っている。
俺は振り返って手を振った。 彼女は笑顔で手を振り返してくれる。それが、守護神様との出会いと別れだった。
氷の女王の言葉通り、下山の間はずっと晴れの天今年も作物はなかなかの豊作だった。 夏の天気はほどよく晴れてほどよく雨が降り、冷害も起こらなかった。 なんとなくだが、氷の女王がちょっとだけ手を貸してくれている気がするな。 今年の収穫祭は食べ物の店の他、冬の手仕事で作った毛糸の編み物を出品してみた。 ほとんどが素朴な小物やセーターだが、どれも作った人の工夫の跡が見える。 次はもっと染色の材料を仕入れたりして、自由な発想で作ってもらいたい。 村人たちは収穫祭限定のコインにずいぶん慣れたようだ。 中には商魂たくましく価格交渉をする人もいる。 この調子なら、近い将来お金を導入してもいいかもな。 収穫祭の終わりごろ、焚き火を囲んでいる村人たちに俺は言った。「みんな、今年もご苦労だった。二年連続でしっかりと作物が実って、この村もずいぶん安定した。だからそろそろ、みんなを奴隷身分から解放したい」 村人たちがざわついた。 みんな対等に接していたから忘れがちだったけど、彼らはまだ奴隷なんだ。 もっともここはパルティア王国の外。 本当はパルティアの奴隷制なんて関係ないんだけどな。「ただし覚えていてほしい。自由民の身分は楽なことばかりじゃない。奴隷のときのように俺が衣食住全ての面倒をみてやるわけにはいかないし、収入に対して村の運営資金――言ってみれば税金だな。そうしたお金も徴収する」 村人たちは不安そうにしている。「けれど自由民は行動の自由がある。好きな場所に行って暮らし、好きな人と結婚して家庭が持てる。働いて得た収入は自分自身のものだ。財産を持って子供に継がせることもできる」 こんな当たり前のことが奴隷には許されていないんだ。 改めてひどい話だと実感した。「なお、村の税金は収入の一割だ」 俺が言うと、村人たちのざわめきが大きくなった。「一割ですか? そんなに安くていいの?」「パルティアは五割だったよな」「南のササナ国だって三割だぞ」 去年と今年の実績で計算したら、一割で十
・ユウのステータス。 名前:ユウ 種族:森の民 性別:男性 年齢:19歳 カルマ:13 レベル:39 腕力:51 耐久:43 敏捷:56 器用:55 知恵:39 魔力:62 魅力:34 特殊スキル 統率(中) 氷の女王の加護 ←NEW! スキル 剣術:33.9 盾術:18.6 鍛冶:27.4 瞑想:30.0 投擲:29.5 木登り:6.9 隠密:26.1 鍵開け:25.3 罠感知:16.6 罠解体:18.2 軽業:29.3 釣り:5.1 魔道具:29.3 詠唱:32.6 読書:23.8 歌唱:3.2 装備: 氷竜王の剣(氷属性★) 水晶の盾【サファイア】(魔力ボーナス+++) 黒竜鱗の防護鎧(隠密ボーナス+++) 魔法銀繊維のマント【ルビー】(詠唱ボーナス++) 翼竜のブーツ(敏捷ボーナス++) スタールビーの護符(炎属性+++) 永久氷河の勾玉(氷属性★★★)ユウ「なんか変な加護ついてる!」氷の女王「変なって失礼ね! 魔力のステータスと魔力系のスキルに大幅ボーナスがつくんだよ。すごいでしょ!」ユウ「でも俺、剣での戦闘がメインで魔法はあんまり……」氷の女王「ユウのバカ!!!」ユウ「理不尽!?」 冬が過ぎて待望の春がやってきた。 去年のうちに水路を整備していた畑は、一回り広くなっている。 溶け残った雪をかき出して農作業の準備を進めた。 二年目ともなれば村人たちもず
氷の女王が俺の顔をのぞき込むようにして言った。「それで、どうするの? 永久氷河の勾玉、いる? いらない?」「いる」 危険があるにしろ、手放すには惜しいシロモノだ。「おっけー。じゃあこれは、今日このときからお兄さんのもの。大事に使ってね」「どうやって使うんだ?」「手に持ってエイッと念じればいいよ」 いい加減すぎる!「……もう一つ。この秘宝はパルティアに狙われている。俺が手に入れたと分からないよう、目くらましとか幻術とか、そういう効果の魔法があれば付与してほしいんだが」「いいけど、ただ持っているだけならごまかせるけど、使っちゃったらバレると思うよ」「それでいい。頼む」 氷の女王の手にある勾玉が淡く光った。 ふわりと銀色のヴェールをかぶったようになる。これが目くらましの魔法なんだろう。「はい、これでよし!」「ありがとう。使うときはよく考えてからにするよ」「うん、そうして。……それで、もう帰っちゃう?」「ああ。ここは人間の俺には寒すぎるからな。熊にも」「ガウ」 俺とクマ吾郎が言えば、彼女は少し寂しそうに笑った。「そうだよね。じゃあ、帰り道は晴れにしておくから。……雪の民も開拓村の人間たちも、あたしの庇護下にある。自然の法則を変えるほどは守れないけど、なるべく気に掛けておくね」「助かるよ」 俺はうなずいてきびすを返す。「またね、お兄さん! いいえ、ユウ! 今日は久しぶりにピンチになって、楽しかったよ!」 さすがは神様、名乗っていなくても俺の名前を知っている。 俺は振り返って手を振った。 彼女は笑顔で手を振り返してくれる。 それが、守護神様との出会いと別れだった。 氷の女王の言葉通り、下山の間はずっと晴れの天
「あーあ、びっくりした! お兄さんと熊ちゃん、すんごい強いー!」 そう言って立ち上がったのは、小さな少女だった。 せいぜい十歳とかそんなものだろう。 その姿は氷の女を小さくしたもの。 唯一以前と違うのは、髪が肩くらいの長さで切りそろえられているくらいか。「まさか、あたしが負けるなんて。この|氷の女王《アイスクイーン》様が」 やれやれ、と手を広げている。「それで? お兄さんは何が望み? この北の土地でなら、あたしはけっこう強い力を使えるよ」「望み? まるで神様みたいなことを言うんだな」 俺が皮肉っぽく言うと、彼女はほおをふくらませた。「神様だよ! 北の土地限定だけど。この山脈と雪原の守護神だもん」「だもん、とか言われても説得力ないぞ」「なにおう!」 氷の女王はぷんすか怒っている。 まあこれ以上からかっても仕方ないので、本題に入るとしよう。「秘宝があると聞いたんだが、どういうものなんだ?」「秘宝? 永久氷河の勾玉のこと? それならこれだけど」 差し出した手のひらの上に、青白い勾玉が浮かんだ。「これは永遠に溶けない氷でできているの。ちょー強力な氷魔法が使えるようになって、北の土地であればあたしの力の一部を使えるよ」「ちょー……」 だめだ、この子のノリについていけない。 俺は諦めて真面目に聞いた。「お前さんの力の一部とは?」「んー、天候の操作とか、気温の上下とか。あとはこの土地に住む魔物たちを従えられる」 それは大したものだ。 天候や気温に干渉できるとは、神を名乗るだけある。 俺は改めて青い勾玉を見た。 子供の手のひらサイズの大きさで、丸い頭に尻尾のついた形。 ……やはりパルティアの謎の洞窟で見たくぼみと同じだ。「お兄さんは勝者だから、これが欲しければあげるよ」「うん&
扉の向こうは極寒の冷気が渦巻いていた。 それも今までよりも一段低い気温。 バドじいさん謹製の護符がなければ、眼球まで凍ってしまいそうだった。 白と青とが混じり合って凍える冷気になっている。 吹雪のように吹き渡る風がふと、人の形を取った。 青白い肌。 銀の髪。 白目と区別がつかないほどの薄い色の青い目。 扉に描かれていた女性が長い髪をなびかせて、吹雪の虚空に立っている。 氷の彫像と見まごうほど、色素というものが抜け落ちた姿。 彼女は腕を伸ばした。雪を固めたような白い腕を。 すると吹雪が刃のような鋭さで俺たちに向かって吹き付ける。 これほどまでの威力では、さすがに護符だけでは防ぎきれない。 凍傷になってしまう!「喰らえ!」 俺は荷物袋からポーションの瓶を取り出して投げつけた。 レナ特製のポーションは吹雪の刃を受けて、瓶が割れる。 けれども液体は凍りつかず、宙にぶちまけられると同時に発火した。「よし、さすがはレナの火炎瓶だ!」 炎は壁のように広がって俺とクマ吾郎を守ってくれた。 氷の女は炎に戸惑っている。 こんな寒い部屋の中で熱い炎なんてありえないものな。 この隙を見逃す手はない。 俺はクマ吾郎に目配せしてさらにポーションを取り出した。 火炎瓶を部屋の数カ所に向けて投擲、炎の柱で氷の女を囲む。 吹雪の風に熱がまじる。 そして俺は炎を切り裂くように、女めがけて剣を振り下ろした。 剣を握る手にはバドじいさんの護符。 一時的に炎の属性を剣に付与している。 氷の女は凍えた盾を作り出し、俺の攻撃を受け止めた。 その側面に回り込んでクマ吾郎が爪を振るう。 長い髪が引きちぎられ、渦巻く冷気になって散った。「ガウ!?」 追撃しようとしたクマ吾郎が声を上げた。 見れば彼女の爪が凍りついている。 俺の剣もいつの間にか
北の土地でも最北端の険しい山の上。その頂上に氷の塔は建っている。 氷河の塔は透き通る氷でできていた。 薄青い氷が何層にも重なって、神秘的な美しささえ感じる。 入口の扉は複雑な紋様が彫刻されてる。一体誰が、こんな場所にここまでの建物を作ったのだろうか。 雪の民たちには近くでキャンプをしてもらって、俺とクマ吾郎は塔に入った。 氷の塔は美しい外観に対して、内部は極悪仕様のダンジョンだった。 外から見えた以上に魔物の数が多く、しかも手強い。極低温の環境に加えて、氷属性の魔物が闊歩している。 何も対策を取っていなければあっという間に凍死しただろう。「バドじいさんの護符はさすがだな」 俺はふところに持った炎の護符を触った。 これまでの登山でも世話になった温熱を発する護符で、半永久的に効果がある。 人肌程度の温度がずっと続くから、持っているとぽかぽかと暖かい。「ガウ~」 クマ吾郎も同じものを腹に取り付けてある。彼女は天然の毛皮があるけれど、それでも足りないくらいの寒さなのだ。 温熱だけでなく、氷や冷気の攻撃を防ぐ護符やアクセサリーもたくさん用意してきた。 氷河の塔は超高難易度ダンジョンではあるが、名前や見た目からして対策が取りやすい。まず間違いなく寒さと氷の魔物が相手になると思って、事前にしっかりと準備をしてきた。 これがあのパルティアの謎の洞窟みたいのだと、どんな敵が出るか分かったものじゃないからな。「グルルッ!」 クマ吾郎が爪を一閃させて、アイスドラゴンの首をはねた。 血しぶきは上がるはしから凍りついて、空中で奇妙な形で固まっている。 アゴ下の逆鱗がちょうどいい感じに無傷だったため回収しておいた。逆鱗は竜鱗の中でもレア部位なのだ。 世界最強の熊ことクマ吾郎の快進撃で、俺たちは全く無傷である。 最初は殺気をあらわに襲いかかってきた氷の魔物たちも、今では恐れおののく有り様だ。氷の壁の陰から顔をのぞかせて、目が合うと逃げていってしまう。